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故・岡部雅子さんの旧居で見つかった古いミシンのこと(その2)

山川菊栄が遺した資料とともにミシンがあるという話をずいぶん前に聞いていました。前回家事のイメージのない山川菊栄と書きましたが、ミシンを使っていたというのは意外な感じがします。

以前『文藝春秋』のエッセイ「まず手近なところから」(『文藝春秋』1935年2月号・『山川菊栄集6』に収録)」に触れましたが、従弟のアンチフェミニストの砲兵中尉が子育てのためミシン仕事を操っていることと書いたついでに、夫も息子もミシンで綻びくらいは直していると書いています。そのミシンがこれということでしょう。

岡部さんの旧居でミシンが見つかるかもしれないと淡い期待をもっていましたが、、部屋の奥から記念会の佐藤さんが執念のように見つけ出したときは、一同びっくりしました。手回し式のもので、「Anker」というブランド名や碇のマークが大きく書かれています。撮影画像で検索すると、なんと大正時代にドイツから輸入され、日本で初めて使われはじめた銘柄だとのことです(http://innocent-vintage.com/view/item/000000006386<2025年5月29日>)。

使い込まれたあとのあるミシンでどんなものが縫われたのか不明ですが、藤沢の弥勒寺の近所をまわってお年寄りから話を聞いたとき、着物を仕立て直した洋服を着ていたことが『わが住む村』にでてきます。いまでいう着物のリフォームをしたのだろうか、などといろいろと想像が膨らんでいくミシンです。

山川菊栄が遺した藤の花の咲き誇る、故・岡部雅子の旧居を訪ねました(その1)

昨年12月に亡くなった岡部雅子さんの遺された資料整理について、山川菊栄記念会もお手伝いを始めています。藤沢市の郊外に旧居を訪ねると、岡部さんの面影を感じさせる妹さんが出迎えてくださいました。

山川菊栄・均夫妻と同じく花を育てるのが趣味だった岡部さんは、山川菊栄が亡くなった後の形見分けのように、弥勒寺の家にあった藤の木を庭に移植していました。

ちょうどその花盛りのときに合わせて、岡部さんが遺した珍しい藤の花のレシピをいただくことができました。藤の花は食用なのか?と思いますが、菊の花のようにゆでて酢漬けにしたものを少しずつ長寿の薬替わりに山川菊栄が生前、食していたとのことです。家事をしていたイメージがあまりない山川菊栄ですが、夫のために常に消化のよい食事をこころがけていたといいます。

帰宅後に、少しアレンジして酢の物のように、我が家の藤の花で作ってみました。藤の花を房からとるときにふんわりと良い香りが立ちます。ゆでると青くなった後、酢につけると元の紫色がよみがえりました。山川菊栄と岡部さんと同じものを食べられたという感慨にひたるひと時を過ごせました。長寿にもあやかりたいものです。

山川菊栄棚が藤沢の一箱古本市に登場します。

ほぼ毎月、「わが住む村」の読書会が開催されている藤沢のBOOKYさんで、5月17日(土)12:00から18:00まで、一箱古本市が開催されます。山川菊栄の棚も一箱出店することになりました。山川菊栄記念会出版物以外にも、フェミニズムや平和関係の本を用意しています。どうぞお立ち寄りください。

なお次回の読書会は6月8日です。参加をお待ちしています。

『明星』に青山菊栄の翻訳小品が掲載されていました。

山川菊栄が、森田菊栄として生まれてから135年がたとうとしています。東京府立第二高等女学校在学中に、母方の祖父であり水戸藩藩儒であった青山延寿の跡をつぎ、青山菊栄を名乗りました。父親の事業の失敗から家族の経済的な状況もあって、女学校卒業後は一度国語の教師をめざしますが、すでに古典の多くを読破していたため学習レベルに飽き足りず、麹町近くの教会の成美女学校で英語を、そして同じ教会で開催され始めた、女性の作家育生のための閨秀文学会に参加します。しかし、ほどなく閉じられてしまいます。その会を通じて与謝野晶子や平塚らいてうとも知り合い、馬場孤蝶に師事してその自宅で大陸文学、すなわちフランスやロシアの自然主義文学を英訳から学んでいきました。

その成果ともいえるドーデ著「月曜物語」からの2作品の梗概翻訳が『明星』に掲載されていたことを確認し、論考としてこのほど『資料部情報』5号で公開しました。馬場孤蝶の和訳指導プロセスそして多感な青春時代が日本の繰り返される対外戦争の時期と重なり、家族の情報環境のなかで、平和主義、人道主義の原点がはぐくまれていたことを考察しました。ご一読いただければ幸いです。(山口順子)

神奈川大学公開講座で山川菊栄『武家の女性』を精読するコースが募集中です。

神奈川大学みなとみらいエクステンションセンターで「戦前・戦後の女性運動家 山川菊栄を読む【対面講座】『武家の女性』(岩波文庫)を精読する」が3月3日から募集が始まっています。6月に5回にわたって精読していくコースで、講師は三谷博東京大学名誉教授が務めるとのです。

Web上のbookshopでの投票をみると、最も読まれている山川菊栄の作品は『武家の女性』があげられている場合が多く、根強い人気のある作品です。詳しくは下記リンクでお確かめください。
https://www.ku-portsquare.jp/site/course/detail/4609

国立公文書館デジタルデータベースで山川菊栄旧蔵労働省婦人少年局資料が公開となりました

このほど、山川菊栄記念会から国立公文書館に寄贈した山川菊栄旧蔵の文書65件が、デジタルデータベースに搭載となり、検索可能となりました。初代労働省婦人少年局長として指揮をとった調査の報告書が主ですが、亡くなる年まで婦人少年局が送付を続けていたことを示す資料もあります。

女性官僚としては初の寄贈文書であり、所蔵は筑波の分館ではなく、東京北の丸(東西線竹橋駅)の国立公文書館本館となりましたので、閲覧申請でその場でどなたでもご覧になれます。

いくつかの文書には「山川蔵書印」が押されていたり書き込みもある、いわゆる本人の手択本となります。正誤表の数値を丁寧に書き写して正確性を保とうとしており、統計調査資料へのこだわりが見受けられるところもあります。

資料の来歴は、神奈川県立かながわ女性センターを経て神奈川県立図書館所蔵となっていましたが、重複本にあたるものについては先だっての取り決めにより、山川菊栄記念会が譲渡を受けたもので、それらを国立公文書館に寄贈したものです。経緯についても文書の詳細説明に書かれており、間違えられやすい労働省婦人少年局の「婦人労働課」、「婦人課」、「年少労働課」の3課の説明とともに、組織の変遷も合わせて記されています。

2年前からこのニュースでも報告してきた労働省婦人少年局資料の厚生労働省による譲渡事業の問題点、全国のどこに分散所蔵されたいったのか不明であることは残るままですが、記念会としては、今後も注視していきたいと思います。

4月6日(日)に「山川菊栄カフェ」(わが住む村 読書会第8回)を開催します。


 ひと月からふた月に1回で開催している山川菊栄カフェ「わが住む村」読書会ですが、前回2月23日(日)は参加者9名で開かれました。

「武士と百姓(岩波文庫版p.52~)」「鎮守さまと氏子(p.57~)」までを読みました。それぞれの地を治めている旗本、名主、鎮守、そしてお寺と、具体的に地域性を帯びた話になってくると、この藤沢周辺に住む者としては出てくる地名やお寺の名前がそれぞれ気になってきます。

 次回は4月6日(日曜日)14時から開催します。花の美しい季節になり、読むパートも
「行事と五人組(p.67~)」と村のお祭りの話にはいります。会場はいつものとおり、藤沢・柄沢橋のブックカフェBOOKYさんにて。参加費は無料ですが、カフェでのオーダーをお願いします。


 ブックカフェ営業中ですので、ふらりとお立ち寄りになるのでかまいません。初めての方、大歓迎です。ただし椅子のご用意の都合もありますので、できればご連絡いただけると助かります。みなさまのお越しをお待ちしています。
連絡先:y.kikue @ shonanfujisawa.com (半角をつめてください)

国際女性デーのあとも、フェミニズムを映像にしてきた人々に光をあてた展示が続いています。

去る3月8日、渋谷で行われたウィメンズマーチ2025に参加してきました。50を超える団体、600人以上の参加と大成功となりました。


そして、先日もこのニュースに掲載した東京京橋の国立映画アーカイブの特集「日本の女性映画人}第3段の上映が続いています(3月23日まで)。

2月26日には。「ルッキング・フォー・フミコ」と「女たちの歴史プロジェクト」の上映前に、栗原奈名子さん、山上千恵子さん、瀬山紀子さんの舞台あいさつがあり、それぞれ国立映画アーカイブの収蔵作品になったことについて感慨を話されました。山川菊栄のドキュメンタリー映画の監督でもある山上さんは「やっと映画監督として認められたような気がする」と。

会場には映画に出演した70年代のフェミニズム運動の活動家たちの往年の面影がありましたが、そのなかにカリスマ的ともいえる中心人物で、昨年亡くなった田中美津さんの残影が映画の一シーンのように垣間見えるようでした。さらに、山川菊栄記念会代表であった井上輝子さんとこうした映画の感想を交換することができないこと、井上さんでしか書けなかったはずの「日本のフェミニズム」パート2が読めないことは、望んでもかなわぬこととはいえ、とても残念なことです。

一方、東京竹橋の国立近代美術館の常設展示の一角でも「フェミニズムと映像表現(2025.2.11–6.15)」が開催されています(6月15日まで)。日本と海外のフェミニズムのショートフィルムの70年代から現代までを概観することができます。山上監督が神戸で参加した鼎談記録の資料も展示されています。

スマホで手軽に動画編集加工もできて瞬時に世界発信ができるようになった今、AIとともに加速化するメディアの変化のなかで、映像とともに求めていく先にある未来社会をどう変えたいのか、立ち止まって考える契機を提起するような連動する二つの上映と展示となっています。

国際女性デーのウィメンズマーチ2025年が3月8日(日)に開催されます。

恒例となりました。ウィメンズマーチが今年も渋谷で予定されており、山川菊栄記念会も賛同団体に加わり、応援しています。

 「ウィメンズマーチ東京2025声明」が冒頭に述べるように、何かしらこ
の行事の予告のように、この国の性差別に対する理解の低さとそれに起因するジェ
ンダー不平等を象徴するようなジェンダー平等や人権に関わる深刻なニュースが続きます。
 フジテレビの性被害問題はこの国のマスメディアがかかえる構造的な欠陥をあらわに
しつつ、労働組合の活性化によって内側からの改革のきざしもでてきているようです。
また、外務省による国連人権高等弁務官事務所への拠出金から女性差別撤廃委員
会を除くように、という通告は、女性差別撤廃条約の批准国である
先進国として実に恥ずかしい行動といわざるを得ません。内閣府の男女共同参画局
委員会は存在していてもこのような状況で機能に限界がみえる以上、政府から独立
した第三者委員会としての国内人権委員会、それもジェンダー平等の監視と勧告委
員会が必要だと、今さらながら痛感しています。

 年々国際女性デーのマーチへの参加団体も多様性をみせながら増えていると感じら
れるのは、女性の社会進出に伴い、それを阻む要素が一層明確になってきているか
らであり、女性自身が自らの生きづらさを言語化してつながってきていることを示すの
ではないでしょうか。参加団体はすでに50を超えているとのことです。 
 今年は午前に団体アピールイベント、午後から明るいなかでのマーチになります。集
合場所がいつもと異なりますが、渋谷でともに行動に加わりましょう。そして、国際女
性デーを「恒例の行事」にしていけない、一日で終わらせず、毎日の小さくても横のつ
ながりをもったアクションの継続と積み重ねが求められています。

*2025年3月8日(土)13:00集合・13:20出発
スタート:神宮通公園(北側)  午前中の集会は10時から東京ウィメンズプラザ・ホール(申し込み不要、参加無料)です。
詳細はこちらでご確認ください。https://womensmarchtokyo.wordpress.com/

2月23日(日祝)に「山川菊栄カフェ」(わが住む村 読書会第7回)を開催します。

 2024年5月にスタートした山川菊栄カフェ「わが住む村」の読書会ですが、年を越えて第7回を迎えるまでになり、毎回10人前後の人々が藤沢のシェア型ブックカフェBOOKYさんに集いあっています。昨年12月にはカフェの一隅を照らすように山川菊栄の本棚も実現し、著書や山川菊栄記念会が刊行してきた書籍などを手に取っていただけるようになりました。現在は絶版中で新刊書店では入手しにくい「わが住む村」も用意してありますので、読書会の日でなくても、ぜひともお立ち寄り下さい。(BOOKYさんは金土日月の営業です)。


 最近は前半を山川菊栄の話題共有の時間とし、後半から「わが住む村」の1~2節を読むという形式に落ち着いています。これまでは、東海道の藤沢宿のはなしを江戸期以前から書き起こされ、宿場町の助郷やら雲助やらの話、黒船襲来、明治天皇の東幸などの話が続きましたが、第7回では「武士と百姓」(p.52~)、「鎮守さまと氏子」(p.58~)あたりを読むことになります。いよいよ村岡地域の風物が登場することでしょう。毎回参加していただいている一龍斎春水さんが朗読をしてくださる予定ですので、こちらも楽しみです。

 会場はいつものとおり、藤沢・柄沢橋のブックカフェBOOKYさんにて。参加費は無料ですが、カフェでのオーダーをお願いします。
 ブックカフェ営業中ですので、ふらりとお立ち寄りになるのでかまいません。初めての方、大歓迎です。ただし椅子のご用意の都合もありますので、できればご連絡いただけると助かります。みなさまのお越しをお待ちしています。
連絡先:y.kikue @ shonanfujisawa.com (半角をつめてください)

 

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前回、第6回(2025年1月11日・日)に開催しました。参加者は9名。
前半に、花束書房より2024年8月に刊行された「帝国主義と闘った14人の朝鮮フェミニスト」(ISBN:978-4-9912489-2-4)の紹介がありました。本文中で紹介されている14人のフェミニストのうち、丁七星(チョンチルソン)の項目では、彼女が日本留学中(1923年)に、山川菊栄の講演を聞いて感銘したことが記されています。
後半、「わが住む村」の朗読は「さがみ野の昔」「村の草分け」の2節。潮があがるはなし、潮鳴りがする話。いまでも藤沢のこのあたりでは、海が鳴ってるのが聞こえると言います。日本武尊の東征の弟橘媛のうた「さねさし相模の国の…」が引かれていて藤沢の地を通ったこと、更級日記に登場する「にしとみ」も、この藤沢市西富(遊行寺の北側あたり)であること、などを話しました。