松栄は闘病の末、菊栄の強い助言に反して、民間の断食療法を続けながら亡くなりました。死後1934年に、遺稿集が2編出されました。一冊はクララ会編でエスペラント語の業績をまとめた『Vortoj de Macue Sasaki』、もう一冊は兄青山延敏が代表して家族で編んだ日本語の『森田松栄遺稿集』であり、井上通泰(柳田国男の兄)に師事した詩歌をはじめ豊かな教養をうかがわせる内容となっています。雑司ヶ谷墓地の森田家墓所には、エスペラントの星を頂く森田松栄の墓碑があり、兄が認めた墓誌が残されています。旧姓による遺稿集や墓碑の建設から彼女の病死をめぐる実家の強い不信や悔悟が感ぜられます。
長志珠絵さんによる The Possibilities of Historical Writing During Total War: Exploring Kikue Yamakawa’s Narratives of “Women’s History”(「総力戦下における歴史記述の可能性 : 山川菊栄の「女性史」をたどる」), 『国際文化学研究: 神戸大学大学院国際文化学研究科紀要』64号, 2025年9月, 1-49、神戸大学学術成果リポジトリ内(https://da.lib.kobe-u.ac.jp/da/kernel/0100497890) は、