エスペラント語の女性学習グループを作った佐々城(森田)松栄の生誕140年に寄せて

去る6月19日付の記念会ニュースで、佐々城松栄のことをお読みいただいた後藤斉氏からメールをいただきました。『日本エスペラント運動人名事典』(柴田巌・後藤斉編 峰芳隆監修 ひつじ書房、2013年)の編者の一人で東北大学名誉教授、財団法人エスペラント学会理事を務められていた方です。この人名事典は編纂途中でもう一人の編集者柴田巌氏の急逝や、東日本大震災被災を乗り越えて刊行され、小坂賞を受賞されています。佐々城松栄や山川菊栄、均、振作の立項についてご教示いただきました。夫の佐々城佑(たすく、佐々城豊寿の息子)についても詳しく記されています。

山川菊栄の3歳上の姉・松栄(1886~1933年)は、東京府立第二高等女学校から女子英学塾に進み、女性英語教師として教員免許を得た初期の一人です。菊栄が松栄の後輩となる第二高女時代に、彼女の反戦平和主義の影響を受けたことは、『山川菊栄記念会*資料部情報』5号に書きました。

雑司ヶ谷墓地の松栄の墓
東京雑司ヶ谷墓地にある森田家墓所の一角に松栄の墓があります。


松栄がエスペラント語を学んで、クララ会という女性学習グループを始めて作った人であることはすでに知られています。日本語からエスペラント語への翻訳作品も少なくなく、荻原井泉水の詩文翻訳を日本エスペラント協会の機関誌『La Revuo Orienta』(ラ・レヴィーオ・オリエンタ)に発表しました。また国内にとどまらず、パリに編集局のあったエスペランティストの世界的協会・SAT機関紙『Sennacielo』にも記事が掲載されています。その一つが、山川菊栄の書いた「国際女性デー」にちなんだ日本の女性労働状況の記事翻訳でした。ほかにも金町モスリン工場労働争議の記事があります。

これらの雑誌はオーストラリア国立図書館新聞・雑誌アーカイブで検索してデジタル化された誌面をみることができ、PDFや画像ファイル、OCRテキストをダウンロードすることが可能です。この図書館は、世界最大級といわれるエスペラント博物館を管理しており、後藤斉さんは事典の編纂のために現地に赴いて調査されたとのことです。

松栄は闘病の末、菊栄の強い助言に反して、民間の断食療法を続けながら亡くなりました。死後1934年に、遺稿集が2編出されました。一冊はクララ会編でエスペラント語の業績をまとめた『Vortoj de Macue Sasaki』、もう一冊は兄青山延敏が代表して家族で編んだ日本語の『森田松栄遺稿集』であり、井上通泰(柳田国男の兄)に師事した詩歌をはじめ豊かな教養をうかがわせる内容となっています。雑司ヶ谷墓地にある森田家にあるエスペラントの星を頂く森田松栄の墓碑には兄が認めた墓誌が残されています。旧姓による遺稿集や墓碑の建設から彼女の病死をめぐる実家の強い不信や悔悟が感ぜられます。

今年は、松栄の生誕140年の記念の年でもあります。日本におけるエスペラント語の普及開拓者であるばかりか、その言葉の精神である世界平和を祈りつつ、海外に日本の女性状況を紹介していた事績に少しでも関心が集まり、光があてられるようにしていきたいと考えています。(山口順子)



投稿者: onoreinfo

オノーレ情報文化研究所