広島の加納実紀代資料室「サゴリ」を訪問しました。

2019年2月22日、加納実紀代さんは亡くなりました。加納さんは『銃後史ノート』刊行の女たちの現在を問う会メンバーの一員として、第5回山川菊栄記念研究問題奨励金(山川菊栄賞、1985年度)を受賞され、その後、1994年からは選考委員として、また周年行事などの山川菊栄記念会の活動を支えてくれました。山川菊栄記念会(以下記念会)の活動の核は毎年の山川菊栄賞の対象作品の選考でした。山川菊栄賞は2014年の第34回で終了しましたが、労働者運動資料室での山川菊栄賞の選考は、他薦、自薦で寄せられた対象作品から1作を選ぶ作業ですから、大変厳しい議論が毎回繰り広げられました。そうした議論の核にいたのが加納さんでした。一方で、選考委員会では皆さんの持ちよりの美味しいお菓子などの食べながらのコーヒーブレークも楽しみの一つで、その和やかなおしゃべりが弾む中心にも加納さんがいらしたことを懐かしく思い起こしています。その加納さんの個人資料館サゴリ(広島市東区光が丘)訪問が、10月末、やっと実現しました。

「サゴリ」は、韓国語で「交差点」。民族、ジェンダー、植民地主義、戦争加害・被害、原爆の被害・(広島の加害)などの「交差」する処のイメージでの命名と聞いています。まさに「複合差別」、インターセクショナリティーを可視化する場所として2023年3月、開設されました。
広島駅から歩くこともできますが、坂が続く高台にあると聞いていましたので、タクシーで向かいました。レモンハウス1階の資料室は、もともとアジアからきた留学生の宿泊施設だったということゆったりしたで広いスペースで、また窓からは周囲のたくさんの緑の植物、そして広島の街さらには瀬戸内海が臨めるすばらしいロケーションでした。

「サゴリ」では高雄きくえさんが待っていてくださり、施設や展示の概要を説明してくださり、さらに加納さんについてもたくさんお話することができました。高雄さんは広島で「家族社」という出版社を経営し、『月刊家族』を刊行。実は1998年度の第18回山川菊栄賞作、春日キスヨ『介護とジェンダー―女が看取る、男が看取る』の出版元が家族社でした。今でこそ、介護・ケアのジェンダー視点は、どこでも言われますが、1998年にこれに注目した、春日さんのお仕事、刊行された家族社、そしてそれを選考した記念会の先見の明を自画自賛したくなります。

高雄さんと加納さんとの出会いは、加納さんが『女がヒロシマを語る』(インパクト出版会、1996年)を出したあと、高雄さんがすぐに原稿を依頼(「ヒロシマとフェミニズム」)された時とのこと。以来『月刊家族』の巻頭エッセ―を加納さんは10年間書かれたそうです。加納さんは、銃後史ノート以来、女性の戦争加担を常に問題にし、被爆者であったご自身の経験や「ヒロシマ」が被害者としてだけ描かれることに疑問を呈しておられ、特に3・11以降は「フクシマとヒロシマ」をテーマに、原発を許してきた私たちの加害性も問題にしておられました。

2019年に加納さんが逝去され、蔵書の引き取り手を関係者が探したが見つからず、1年後、高雄さんに相談があり、「引き受けることを即決した」そうです。開設資金には、高雄さんの生涯の「盟友」であった中村隆子さんの基金が使われたとのこと、「サゴリ」のゆったりしたスペースの中には、中村隆子さんのビデオなども視聴できるスペースもあります。高雄さんと中村さんのシスターフッドからも、たくさんのことを学ぶことができるサゴリです。 

この個人資料室ができるまでには、場所探し、部屋の片づけ、棚の設置などの諸準備、その間に川崎と箱根から。蔵書書籍が1万点、資料が1000点届き、整理とデータ化など、大変だったそうですですが、多くの協力者の尽力もあり、開室に至ったそうです。加納さんの蔵書がゆったりした間隔で置かれた書架に並び、収集した資料も手に取ることができるように配架されています。多くの来館者が引き付けられるのは、棚にずらりと並ぶ『写真週報』だそうですが、戦時体制に向かう、戦時体制がつくり上げられていく社会の空気感までをも伝える資料が自由に閲覧できる仕組みです。
また研究資料1000点は、手助けしてくださる方々もおられ、整理が進んでいるそうですが、「山川菊栄記念会」のファイルもあり、手に取って見ると、記念会で2015年に実施した『覚書 幕末の水戸藩』の読書会のレジュメに加納さんが書き込みをした資料が残されていました。
おしゃれだった加納さんのストールが仕切りのように使われ、また愛用の帽子の数々も展示され、写真だけでなく、ご存命中の姿を偲ぶことができます。

また加納さんの蔵書だけでなく、高雄さんの蔵書を「ひろしま女性学研究所文庫」として併設しており、更に横浜国大名誉教授の加藤千賀子さんの研究に関連して「神崎清の資料」もこれから入る予定だそうです。
高雄さんは、資料と場をいかした「加納実紀代研究会」を発足させておられます。高雄さんはこの研究会を、資料室を存在たらしめる背骨と『労働者運動資料室会報』第60号で述べておられますが、すでに活発な活動が展開されているようです。若い世代の来館者も多数参加するという研究会の成果が期待されます。

加納さんの過去をたどり、次の世代へ伝えていく場として、インターセクショナリティに注目が集まる中、「サゴリ」がますます重要な意味を持つことを実感した「サゴリ訪問」でした。(山田敬子)

加納実紀代資料館「サゴリ」のサイト

https://sagori-kanomikiyo-library.jimdofree.com/

潮田登久子さん撮影、山川菊栄文庫資料を含む写真集が刊行されました。

11月2日は山川菊栄の命日、3日は誕生日とSNS上でも発信してくださる方が少なくありません。今年の11月も何か朗報があるかも、との予感がありましたが、神奈川県立図書館の方が潮田登久子さんの写真集『改修前 前川國男設計 神奈川県立図書館』が刊行されたとお知らせくださいました。さっそく買いに行くと発行日は11月4日と書かれていました。

去る3月3日、県立図書館でのWikigap in Kanagawaで、潮田さんが撮影された山川菊栄文庫資料のことをご紹介しました。そのときは、レミントンジュニアの菊栄愛用タイプライターの撮影エピソードをお話ししました。

米国のレミントン社が製造したポータブルタイプのレミントンジュニアで、おそらく山川菊栄は『社会主義研究』(6号、1922年1月)から英文論文「Women in Modern Japan」(近代日本の女性)の連載を開始します。おそらくこれはタイプライターで打ったものと思われ、製造番号がわかれば山川菊栄が入手した時期も絞られてくるはずなのですが、シリアル番号を打ったプレートがなかなか見あたらなかったのです。そのことをお話したら、お連れ合いの島尾伸三氏がタイプライターをひょいと持ち上げられ、その途端にプラテンが動き、チーンという澄んだ音色が地下の作業室に響き渡りました。まさしく菊栄が打っていたときの音色だと思われ、なんともいえない感動を覚えたことが鮮やかによみがえる作品です。敷物は山川振作夫人の美代さんの名前が縫い付けてあるふろしきです。

ほかに、アウグスト・ベーベルの名著を菊栄が英語版から重訳、完訳した記念碑的な『婦人論 婦人の過去・現在・未来』(1923年3月、アルス社初版本)の金色の背文字のアップ。しゃれたゴシックの飾り文字はおそらくはアルス社の装丁を一手に引き受けていた山本鼎(かなえ)のデザインと思われるものです。アルス社は北原白秋の弟の出版社で、その年の関東大震災により壊滅的な打撃を受けるのですが、紙型が奇跡的に残っていたため、翌年再版することができました(再版の菊栄自序)。それから、女性の姿を影絵のように表紙に配置した米国女性局資料。戦前に取り寄せられていたものの一つで、アメリカの女性のあらゆる職業実態を調査し作成されていました。そして花の意匠が愛らしい日記帳、横浜地方法務局による人権擁護委員の木製看板の4点が写真集に収められています。

作品解説で残念な点を一つ。山川菊栄が社会主義を学んだ人として、「堺利彦・幸徳秋水、大杉栄」(p146)と書かれています。しかし、まずは初めて菊栄が社会主義について理論的にまとまった講演を聞き、結婚、均菊相和すと言われた山川均については、死別の後、息子の振作氏とともに思想の全貌を『山川均全集』(勁草書房)に編んで世に送り出しました。そして、雑誌『近代思想』でベーベルの訃報を書き『婦人論』の重要性を説き、『恋愛論』を共訳した堺利彦、ついで、大杉栄や先述の英文論文を書くことを勧めたという片山潜といったところになるでしょう。


ともあれ、神奈川県立図書館の改修前の歴史的空間と、蔵書のさまざまな表情を巧みに引き出した作品集となっています。猿田彦珈琲株式会社による発行で、図書館のカフェだけでの取り扱い販売となっています。お出かけの時にぜひお買い求めください(税込・3850円)。(山口順子)