「虎に翼」ロスのなかに想う、婦人問題懇話会会員だった梶谷典子さんのこと。

空前の人気ドラマとなったNHKの「虎に翼」最終回の日、小雨のなか、観覧者を集めている明治大学博物館の展示も見ることができて、改めて、この作品の放送史上における歴史的重要性を感じました。というのも、山川菊栄が設立した、婦人問題懇話会の会員で、NHKで女性ディレクターとして朝の連続テレビドラマ小説の演出にたずさわっていた、梶谷典子さんの存在を思い出さないわけにはいかなかったからです。

梶谷典子さん(1932‐2022年)は、東京大学文学部で学び演劇部に所属していた方で、NHK入社当時からドラマ制作を目標にしていました。そのため通勤途上から体力づくりに努力していたようすは、『資料部・情報』No.2・山川菊栄記念会編「「雇用平等法をめざして~1978年、ある海外視察報告とその周辺」のなかの「伊藤恭子さんに聞く~1978 年の海外視察前後の思い出」で、梶谷さんと同じ婦人問題懇話会のマスコミ分科会だった伊藤さんが証言しています。

山川菊栄自身、新聞・雑誌、ラジオ、そしてテレビとメディアの技術的進化とともに生き、評論家として執筆をつづけ、また、戦後はラジオやテレビ番組で発言もしていました。メディア批判の文章も少なからず残しています。婦人問題懇話会では、そうした山川の批判的視点についてマスコミ分科会を中心に継承していきました。梶谷さんは婦人問題懇話会の会報に投稿を重ねていましたが、シナリオのスケッチのような対話形式で書かれているのが特徴でした。例えば、1977年12月・第27号では「意識は変えられるか」と題して

マスコミが問題!

アキ子「『婦人の十年』も三年目になろうっていうのに、対策は進まないわねえ」

ハル子「対策をすすめなければいけないと思う人が少なすぎるのよ。古い意識の人がまだまだ多くて・・・何とかして意識を改めないと・・・」

アキ子「意識を改めるって、具体的にどうするの?労働条件とか、保育所とか、ひとつひとつの問題について、できるところから改めていくことがまず必要なんじゃない?それが意識を改めるころにもつながるのよ」

ハル子「でも、ひとつひとつの問題が解決しにくいのは、古い意識がカベになっているからでしょう?」

アキ子「かべになっているのは、現在の体制だわ」

ハル子「その体制を、古い意識が支えているんじゃない?」(略)

ハル子「マスコミに働きかけることだって運動のうちよ、いいえ大きな運動だわ、マスコミにはそれだけの力があるんだもの。だから『世界行動計画』だって、マスコミの問題を大きく扱ってるじゃないの」

アキ子「ところが、国内行動計画はマスコミの問題に触れていない。結びのところで、行動を展開すべき主体の一つとして『マスメディア』が上げられてるだけ」(略)

と、1975年の国際女性年と男女平等を実現するための「世界行動計画」やそれをもとに策定された「国内行動計画」の問題点に触れています。このときすでに、梶谷さんは連続テレビ小説では「明日の風」(1962年)「繭子ひとり」(1971年)「北の家族」(1973年)「水色のとき」(1975年)「いちばん星」(1977年)で演出チームに加わり、女性ディレクターとして着実にキャリアを重ねておられました。

同時に、「家庭科の男女共修を進める会」の運動にも中心的にかかわって大きな成果を挙げられました。それは1973年12月に市川房枝の後押しもあって婦選会館での集会から始まりましたが、女性差別撤廃条約の批准に向けて男女共修は障害の一つであったため、運動は全国的に各団体へ広がっていきました。そして、高校家庭科の女子のみ必修、同じ時間には男性が体育実技をするといった、不平等な状況は是正されていきました。

NHK退職後は演劇活動に加わり、ウッチャンナンチャンの地方公演にも関係されていたと聞いています。

梶谷さんの時代からおよそ半世紀で「虎に翼」が放映されたことを心から喜びたいところですが、それだけ時間がかかったことはこの国のジェンダー平等意識が低すぎること、特に、人々の意識改革に深くかかわるメディア自体の男性支配が根強く残っているからだ、と思います。梶谷さんは、憲法14条とともに力強いメッセージを放った「虎に翼」を天国から見て、これからがとても楽しみと大きな拍手を送っておられることと思います。

(山口順子・元婦人問題懇話会マスコミ分科会)

*連続テレビ小説リストについては、NHKアーカイブスhttps://www.nhk.or.jp/archives/bangumi/を参照しました。梶谷典子さんの『婦人問題懇話会会報』掲載分は国立国会図書館のデジタルコレクションでだれでも読むことができます。また、「婦人問題懇話会会報」はWANのミニコミ図書館でも公開されています。

投稿者: onoreinfo

オノーレ情報文化研究所